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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)1430号 判決 1975年3月27日

控訴人 芝信用金庫

理由

一  請求原因1、2項の事実は、当事者間に争いがない。

二  本件すべての証拠によつても、被控訴人が本件土地建物につき同人主張にかかる本件根抵当権設定ならびに代物弁済予約の各意思、またその旨の本件登記ならびに仮登記手続をなす各意思を有していたこと、もしくは以上の各契約締結や登記手続につき訴外上原良作に対し代理権を授与したことは、これを認めることができない。

すなわち、本件根抵当権設定・代物弁済契約証書(乙第一号証)に被控訴人印が顕出されていること、その登記申請書(乙第二、三号証)に被控訴人の印鑑証明書(乙第四号証)が添附されており、かつ控訴人名等いわゆる不動文字が印刷されている登記申請用委任状(乙第五号証)に被控訴人印が顕出されていること、更に控訴人宛ての連帯保証人追加差入証(乙第六号証の一)や担保差入証(乙第七号証)に被控訴人印が顕出されており、同じく被控訴人の印鑑証明書(乙第六号証の二)が添附されていることは、いずれも被控訴人の認めるところであり、そして《証拠》によると、被控訴人は昭和四二年三月頃上原良作に対し、本件土地二筆の権利証、印鑑証明書数通を交付し、かつ自己の実印を預託したことが明らかである。しかしながら、右上原の証言(第一、二回。ただし、第一回中後記措信しない部分を除く)と被控訴人の原・当審における各尋問の結果を総合すると、被控訴人は尋常高等小学校高等科を卒業しただけで、かつて本件土地を購入した際も町内の者二十五、六名と同時に土地を買受け、その人達と一緒にその取得手続一切を他人に委ね、また本件建物を建築する際に控訴人金庫(西小山支店)から若干の融資を受けたときもその借受け手続一切はこれを隣家の川村弥太郎に依頼するなど、法律的な知識に全くうとく、かねて仕事上の先輩である上原良作から本件建物の保存登記をしておいた方がよいと忠告されていたところ、昭和四二年三月頃同人から「自分の方にもついでがあるから保存登記手続をしてやろう」といわれ、更に同人から言われるままに本件土地権利証と印鑑証明書数通を、保存登記手続に必要な書類と思いこんで専らその趣旨で同人にこれを交付してその手続を依頼し、その上その頃右上原から保存登記手続の書類に印鑑が入用であると言われて二回程自己の実印を同人に預けたものであつて、前掲各書類(印鑑証明書を除く)に顕出されている被控訴人の印影は、いずれも右上原ないし同人からこれを預つた者において右被控訴人の実印を無断冒用したものであり、被控訴人が自ら右各書類に目を通したり、署名押印したり、また自己の面前で押印されるのを見ていたという如き事実は、すべてなかつたことが認められ、原審証人上原良作の第一回証言中右認定に反する部分は信用できない。

そして、《証拠》によれば、被控訴人は、昭和三十三、四年頃右上原のために同人が金融機関から金一〇万円ないし三〇万円の融資を受けるにつき二回程連帯保証をしたことはあるものの、本件の場合は、右上原が一時的にせよ少額にせよ、本件土地建物を担保に利用することなどは夢想だにしておらず、その後上原の背信行為(無権代理行為)により本件抵当権設定登記や代物弁済予約仮登記がなされていることが判明したときも、当時上原が入院中で余命いくばくもない重態であるといわれていたので告訴こそしなかつたが、同人に対し「早くもとに戻して呉れ」と要求してそれを待ちつづけていたのであつて、被控訴人が右上原の無権代理行為を追認した如き事実も全く認められない。

三  以上の事実によれば、被控訴人の行為を目して、第三者に対して上原良作に代理権を授与したことを表示したことになるとか、それと同等の外観を作出したものであるということはできないし、その他民法一〇九条の表見代理を適用すべき事実関係は認められない。

四  また控訴人は民法一一〇条の表見代理の適用を求め、被控訴人が上原に対し、登記所に対する本件建物の保存登記申請手続を依頼したことをもつて、そのいわゆる基本代理権に該ると主張し、その依頼の事実自体は前記認定のとおり認められるのであるが、およそ登記申請行為は公法上の行為であり、それが特に私法上の契約による義務の履行のためになされるものでない限り、それは単なる公法上の行為にとどまつてその申請行為の代理を他人に依頼しても、それは民法一一〇条の規定による表見代理成立の要件たる基本代理権にはならないと解すべきところ、本件では、右保存登記手続が私法上の義務の履行としてなされたという事実については、何らの主張も立証もない。したがつて控訴人の本主張も理由がないといわなければならない。

五  以上のとおり、本件控訴人の抗弁はすべて採用し難いから、被控訴人の本訴請求は認容さるべきであり、これと同趣旨の原判決は、結論において相当である。

よつて、本件控訴を棄却

(裁判長裁判官 久利馨 裁判官 舘忠彦 安井章)

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